『Contemporary Northern Cruise』第4の章 祈る秋

『Contemporary Northern Cruise』 eonr

 

第1の章 待たせすぎたオタク

第2の章 海の見える街で

第3の章 今、何を考えているの?

第4の章 祈る秋

 

6階の定位置に座っていると同じエリアのレストランから朝食の香りが運ばれてくる。昨日の睡眠不足で目を閉じていると料理を配膳するシェフたちの楽しげな声が半円状の階段を上っていく。このまま、この街が消えるまで静かに眠っていても良いと思った。別れの挨拶なんていらないのかもしれない…しかし、せめてこの街で最初で最後の朝食はいただいておこう。

欲張った旅の疲れは中途半端な達成感に曇り空を感じるが、私に加わった選択肢を今の私が選ぶべきであることに、そんな人間には絶対になりたくないという拘泥から、どうせいつか私もそう思ってしまうのだろうという諦めへのグラデーションが薄闇を進ませていたと気づいた頃くらいの私なら目をつぶってくれるはずだ。

興味のないふりをすることは意外と簡単なのかもしれない。知っているふりは難しい。

私は記憶を過剰に興味の対象としている。私に加わる選択肢が新しい痛みなのだとしても今はそれを掴みに行く選択ができる。

やまいのことを知らないフリするためにやまいを知ったのだ。わずらうものではない。もうぴたりと身体に収まっている刃物を抜く瞬間のために私はいつだって記憶を錆びさせようとしなかったのかもしれない。そうするしかないと思っている根源に優しさがあるのだとしたらあんまりだ。しかし、あんまりだと思う理由くらいはあるだろう。

私のリュックサックに転校生がやってきた。先生と地元が同じらしい。みんなは職員室での会話をこっそり聞いていた。きみは背中を向けていたけれど知っていたんだ。知らないふりをすることが楽しかった。

思い詰めるには丁度いい時間が経ったので海の見える朝食を取りに行こう。私は海の見える街から見える海を見て食べる朝食を知らない。

相変わらずジブリのサントラが流れ続けていることに気づいた。ジブリの登場人物たちはジブリのサントラを知らないだろうな…私は知ってしまった。意識の外だったひと時こそ誰かが、映像をリアルタイムで見ながらアドリブで音楽を当てたマイルス・デイヴィスのような最高のサントラを用意してくれていたのだろう。私がそれを聞くことはない。

希望の光が見えないことにも理解はできる。

思い詰めるには時間が経ちすぎてしまった。考えることは脳へのインプットなので何がしかのアウトプットでバランスを取りたい。不健康のもとであることを知ってしまったからだ。手を動かして朝食を取ろう。胃袋に入れる行為がアウトプットだと思っていることには笑ってしまう。これだって散歩と同じようなものだ。この食事はどう考えても自分の手で取っていることを知っている。

長い思考に溶け込んでいたせいか朝食のバイキングに出遅れてしまった。大皿の角に残った少量のおかずをあのプレートを全て埋めるように乗せていく。デニッシュとコーヒーも取り揃えて窓際の席につく。4人掛けに1人。西側の海だ。おそらく何でも美味い。あのバンドが出したアルバムなら全部好きくらいの感覚だ。朝食バイキングを食べていると、私は海の見える街を推しているのだなと思った。

チェキ飯は #いのるとごはん だ。何かを発信しなければならない死にかけは何も発信しない方がいい死にかけを助けることがある。過剰な言及を避けることが誰かの固執を引き起こさなかったのかもしれないこともある。そこには、今の私にはどちらともとれるみちこちゃんがいた。

もしこれがディナーだったらテーブルの中央にいのりのキャンドルを灯していたと思う。

夜に見たキャンドルは明るくなってもまだ見えている。覚えている。そして…忘れる。

エンドロールは止まらない。戻らない。再放送のない美しさが救済。(オタクのサカモトシンタロウ)

誰かがレコードプレイヤーのアームを掴む。

 

第5の章 本棚

 

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『Contemporary Northern Cruise』第3の章 今、何を考えているの?

Contemporary Northern Cruise』 eonr

 

第1の章 待たせすぎたオタク

第2の章 海の見える街で

3の章 今、何を考えているの?

 

海を進んでいく“小さな街”は土曜日の早朝くらい静かだ。

ここの住人は今日に限って早起きをする人が多い。それでも日の出を見に甲板まで降りてきた人は少なかった。

慣れることが贅沢をする秘訣なのか、どうなのか。今の私にわかることでもないだろう。

睡眠時間を削って特別感を演出する旅が楽しくなかったことはなく、いつもと同じような生活を新鮮な街で過ごす旅には発見がある。

修学旅行の夜をどう過ごすかに学生の思想が現れたわけだが、あまりにも選択肢が多くてワクワクしていた。無限の可能性を感じた。当時は消灯時間を向かえたらすぐに寝て朝の4時頃に起きるムーブが一番イケているという考えが通っていた。早く起きようとして早く寝たのに遅く起きてしまったエピソードなんてごまんとある。むしろこの特殊な状況の場合、その選択をした時の結果はだいたいこれになるという考えまでをも通っており、それでも、そんなリスクを取らなくても…なんて考えることはなく、ただただ、長い夜を続けていただけだった。

今は、睡眠時間が長い夜を続けた方がクレバーだという考えが通っているものの、ひとまず認識はしているだけで全くその通りにはなっていない。今の私にわかることでもないだろう。

私は深夜に”ツイートすることなし”とツイートをするだけなのだ。朝まで音楽を聴き続けることはわかっているのだが。

睡眠時間を削っている特別感ではなく、私は毎晩、音楽によって沈黙の旅をやっていた。何にも慣れない新鮮な夜はイマジネーションだけが拡張していくが、現実世界のシステムは案外よくできていて、そこからはみ出た思考を上手く取り入れる余裕もないらしい。こっちがリアルに寄っていくしかないらしい。少なくともそういうものを希望しているならそうするしかないらしい。音楽は流れ続けてくれるので街を頼る方が良い。それがリアルに近づくひとつの手段らしい。旅行なんて散歩でも良い。なぜなら散歩はどう考えても自分の足で歩いていることを知っているからだ。そんな日が生憎の雨だったりする方が良いことを君が切り開いていった想像の旅はささやきかけてくる。

さて、この文章を続けるためにも、こうしていつまでも6階プロムナードラウンジに座り続けていては面白くない。静かな街の集いを探しに行こう。

船上パーティーが行われるのならば、その場所は甲板だ。ceroも言っていた。たぶん事件のにおいを嗅ぎつける探偵だってそう言ったと思う。ceroは街の探偵なのかも、と思った。私は『My Lost City』の長い住人として捜索に協力できそうだ。海は出てくるが夢ではない。あの娘もチャンバラも夢の中だけで良かった。

さっそく7階への階段をゆっくり上っていく。ここはバルコニー付きのスイートルームがある贅沢なエリアだ。半円を描く形の階段から6階、さらに5階の一部をちらりと振り返りつつ、当然何もなく、7階に立った私はそのあまりにも静かで細い一直線の廊下を見通した。良い部屋に住んでいるのだからそれもそのはずだし、青山-表参道みたいな感じね。と、気を緩めてみた休日の探偵みたく雑に例えた。そういえばスパイラルマーケットの階段に近いデザインかもしれないと要素を拾ってみても、あのフロアには緊張感があり長く滞在することもないので長い廊下をさくっと歩いて街の後方にある展望デッキを目指した。慣れることが贅沢をする秘訣なのか…

いや少し待とう。5、6、7階に渡って続く展望デッキは最後のデザートにしよう。あるいはメインのおかずか。お弁当で好きなおかずをいつ食べるのかの話題が大好きなのだ。そんなようなことを一人でやらせてほしい。老後までやりたいと思っている。私の考えは最後まで取っておく派だ。”今日は””そうしよう”と思う。ちなみにデザートはみんなで一緒に食べたい。その時はみんなを海の見える良い風景に案内したい。この旅に同行人はいないが私にとって音楽はそういう感覚のもので、だいたいこんな場合にこのことわりが置かれる必要性をも、もうほとんど感じてはいないくらいだ。音楽は風景を表すことがあるが、その風景を音楽に見せるのはリスナーの役割だろう。

6階はスタンダードルームが並ぶといった趣で、前方にはレストランもある。昨晩からの私の定位置はこの階の東側、プロムナードラウンジ、その最も進行方向に近い側を陣取っている。等間隔に続く横並びになった低めの椅子からは5階と6階を行き来する階段越しに、さっきの日の出を見た海がある。

今、この街の住人は一度きりの日の出について考えている。

 

第4の章 祈る秋

 

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『Contemporary Northern Cruise』第2の章 海の見える街で

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第1の章 待たせすぎたオタク

第2の章 海の見える街で

 

ジブリの音楽は船をのせて北へ向かっている。

久石譲のサントラは穏やかな海を見せている。

旅立ちの日にだって束の間の瞬間がある。

ふと周りを見渡せば各々の束の間がある。

 

ガイドマップを手に船内を歩けば、そこは航海が作り出している18時間の小さな小さな海の見える街だった。

やがてこの街を懐かしむほどの月日が経つことを考えていると、今はここから始まったのだ。

何度だってあることにもうすっかり慣れてしまっている。それが強く悲しいわけでもない。過度に喜べることでもない。様々な波があった。

 

神奈川の湘南エリア、広島の尾道市、長崎の五島列島、どれも私が愛する海の見える街だ。

 

湘南で無邪気に海水浴を楽しんでいた私に父親がかけた言葉をよく覚えている。

「波が弱くてつまらないなと思う日もある。そういう時は100回に1回の波を見極めるといい。」

仕事をバリバリこなしてゆっくり酒を飲むような父親なりの、過敏な子どもに対する愛情だったのかもしれない。

いつかの“今思えば”という感情のために投げかけられていたことを、私は今、もう知っている。

 

2018年12月27日。STU48「風を待つ」のMVが公開された。

私は年末の空気で浮かれた気分に重くのしかかる感銘を受けた。

映像の舞台は広島県尾道市だった。

楽曲の素晴らしさについては秋元康ワークスを追ったことがあるほとんど全ての人に理解してもらえると思う。大傑作だ。

ワンカットのカメラが尾道の坂道と石段を捉える。ブルーの衣装を着たメンバーが駆け上がっていく。

ラストシーンの公園からは海が見える。ドローンは街の姿を見せる。

2019年1月末、私は尾道にいた。

 

人生で最も影響を受けた人は長濱ねるさんです。

自分勝手にガチ恋をして”ちょっぴり”どころではないほどつらい時期がありました。

ねるさんはアイドルでした。周りに求められている自分を作っていたと言っていましたが、ねるさんが考えたそのすがたに私はささやかな共感を見つけたのでした。

今はもう多くのことを語る必要がありません。

長濱ねるさんは人生で最も重要な他人なのです。

私が奈良尾のあこう樹をくぐり抜けた時、図書館から本を抱えて歩いてくるねるちゃんがいました。

 

海の見える街を繋ぐ記憶は航海の波についてくる。

記憶の親はいつまでも見守っていくことができる。

 

目を閉じても潮騒は聞こえる。

 

波はまた、静かに大きいうねりを始めていた。

 

第3の章 今、何を考えているの?

 

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『Contemporary Northern Cruise』第1の章 待たせすぎたオタク

Contemporary Northern Cruise』 eonr

 

1の章 待たせすぎたオタク

 

船内にはジブリのサントラがオルゴールメドレーで流れていた。

ローカルスーパーマーケット”セイミヤ”で買い込んだビールやおつまみが一夜にして全て胃袋へ消えた翌日、せっかくなのだからと早起きをしてご来光を拝んだ後、こうして私は今、船のラウンジで回想のテキストを書いている。不安になるくらい気分が良い。まるで自分のお誕生日会へ向かう子どもみたいだ。旅は誕生日なんて言ってみたりする。

日の出の美しさを求める気持ちは船旅の特別感と相性が良い。そういうものなのだろうという納得感があった。ただ、特別なことなんて何も考えちゃいなかった。赤、オレンジ、黄、緑、そして青。水平線からのグラデーションに見とれているだけの清涼感があった。船と同じくらいのスピードで晴天をゆっくりと通り過ぎていく小さな雲だって、太陽が見える東側の席を予約していたみたいだ。私の部屋に窓はない。だから甲板に立って青空を見上げる。秋の風は一瞬だけ肌を刺そうとしてきた。空の色が変わっていくように昨夜の酔いも覚めていった。日の出とは”ブルー”を感じる現象だと思った。どうやら私たちは無言でいてくれた風を待たせすぎたようだ。

昨日、これは特別な旅なのだから特別な食べ物は何もいらない…と、ご当地のクラフト系飲料や一般人の一食にしては割高だろと感じる贅沢なお弁当を避け、いつもと同じビールやおつまみ、同じようなお弁当を買っていた。こっちで言うところのオーケーストアか?と思いながらなんとなしに撮ったセイミヤの看板の写真をその場でオタク友達に送りつけそうになったが、まあ、そんなキャラでもないしな…とも思ってやめた。お気に入りのフォルダに追加しておいた。

私が生まれてから四半世紀ほど住み続けている神奈川県にセイミヤはないけれど、今は一緒に買い出しをしているレイちゃんが私のスマホを取り上げ、「さっきの写真、送っちゃおっかな〜」と笑いながら言ってくることがあるわけもなく、当然、「これ絶対邪魔になるから買わない方がいいんじゃない…」と、箱のキッチンペーパーを山に戻しながらあやめちゃんがつぶやくこともない。

大事な出発の日に私はなにを考えているんだ…いくらあやレイのショールームの空気感がお気に入りだとしても、コレはない。

後付けの妄想はもういい。

とにかく今はジブリのサントラだ。そういえばレイちゃんは歌番組でカントリーロードを歌っていた。これは妄想ではない、事実だ。そしてあれは最高だった。

帰りたい 帰れない さよなら 神奈川県

我に帰って船内のBGM耳をすませばそこには、やはりまだジブリの音楽が流れていた。

 

第2の章 海の見える街で

 

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ねむねむでぼやぼやなSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band

あまり強い意志で寝る気もなくなんとなく寝たり起きたりを繰り返したりしているなかで、しかしまあそこそこ眠気はあり、そういえばこんな中途半端な感覚くらいで聴くのが良い音楽はないのか...とりあえずなんか聴いておきたい...と惰性で思い、そういえばあんま得意じゃないなと思い出し(苦手なコトは意識しがちで)ビートルズのサージェントペパーズの中間部(Getting Better~Good Morning Good Morning)を再生してみた。

私はこの部分の魅力があまりよくわからなくて、そこまで強い意志で拒否反応を感じるとかそういうことも特にないけれど、なんかわざわざ時間を取って聴くのなら微妙な退屈さを想像しちゃって別のアルバムを選んでしまうな、というような感覚で(アビーロードとかホワイトアルバムとか、あとヘルプも結構好き)、コンセプトアルバムなのに通して聴くことが本当に少ない。

ところがこれまでのように自分のなんとなくの感覚を信じて(信じるとかいう感覚も微妙なくらい眠いが)音楽を再生してみたら一気に引き込まれた。

脳はぼやぼやなのに想像のチューニングがピタッときて、音から世界が浮かび上がってきた。

それは妙に明るい真夜中のテーマパークをさまよっている世界だった。

あの微妙な退屈さは電飾の隙間に広がる無限の夜空だったということになる。

お酒を飲んで酔いがまわりそれが覚めていった時を思い出すとおそらくサイケデリックの下り坂はさらに空っぽなものなのだろうと恐ろしくなる。「Good Morning Good Morning」を聴いてその時はそう思った。

私が今作りあげたこのテーマパークは次にこのアルバムを聴いたら更地になっているのかもしれないと思った。

 

追記:公開1分後タイトルがLonelyじゃなくてLovelyになっていることに気づきましたがなんかかわいいのでそのままにしてみます。眠い。

追記:翌日の朝、この一連の流れに嫌な感じがありタイトル修正。

横浜のいる風景

夜景の主人公を中秋の名月として、いつもより多くの人が夜空を見上げていた気がする。

東口の短いエスカレーターが夜空へ導く背伸びを助けてくれる。

高島町から桜木町、高架線のJRと地下鉄のブルーラインに挟まれた国道16号に立ち尽くす人々がいる。

今日の月は支柱のランドマークタワーをぐるりと回る。

 

横浜駅を降りた私は夜の街を歩き続けた。

懐かしくなるためのことが懐かしくもあればいいのに、と思う時を大切にしている。

 

ブックオフディスクユニオンのハシゴ、格安の珈琲屋とボードゲームカフェ、最高の立ち食い蕎麦屋クラフトビール屋、馴染みの五番街とniigo広場前の5差路や平沼橋から見える風景、あの子に告白をした駅ビルのカフェとか贅沢をしてみたサモアールとか、手土産ならデパ地下で買えるくるみっこが良くて(すぐに完売するので注意)、わざわざスカイビルを登ってまで100円ショップで探し物をしたり、県民センターに行けば本の返却ができるし、もう閉店してしまったけれど超旨いハンバーガーショップや閑古鳥が鳴いていたダイエー、ローカルカラオケ店、シブめの建物にある映画館とライブ会場、いくつかの新しいラーメン屋、ドンキもジムもマックも床屋も通っていて、そうやって過ごしていれば今夜も海の見える夜景へ足が向かってしまうんだ。

 

ダイエーのフードコートでクレープを食べてから行こう。跡地はイオンモールになる。完成が楽しみだ。その時はかつてのメンバーを集めたい。

 

みなとみらいの一等地、煌びやかな夜が見える海側には臨港パークやスタバがあって、でも、アイドルオタクの私にとってさらに大切な記憶は2016年9月25日、パシフィコ横浜で行われた握手会、感想語りに花が咲いたバーミヤンの食べ放題だ。(私たちの手の中には花のような残り香があるのだ)

そこはお台場でもTOKYO IDOL FESTIVAL後の集会で使うチェーン店で、それも同じ海の見える街で、あれから何年経っても大切な場所で今の心情を切り取るために、横浜駅からみなとみらいまでは絶対に心拍数を上げながら歩いて行く。

 

夜行バスの集合場所、ベイクォーターに振り返るはまみらいウォーク、日産の本社から階段を登って降ればあとはまっすぐ海を目指すだけ。

 

ブルーラインを跨いだ西側には個人経営で素敵なベーグルやスイーツ、こじんまりした商店街もオンボロだった図書館もあって、やっぱりみなとみらいから日ノ出町までも歩いて行くと楽しい。

 

—神奈川県立図書館の話—

神奈川県立図書館が新しく生まれ変わった。

夏晴れにも負けじと、いや、むしろその明るさを消したがっていたのか、暗雲と薄闇が行ったり来たり、紅葉坂にそびえるあの頃の不気味な存在感。

今は古びた階段とボロボロの書架にまばらな人々、もちろんかつての使いにくいルールだって面影もない、多くの人が集う新しい町の文化の始まりを香しく纏っていた。

1階には珈琲屋が入っていた。

そんなことを思えば、今っぽい雰囲気で賑わっている姿にちょっぴり寂しくも、でもやっぱりこれからの世代にワクワクしたんだ。

図書館を後にすると、雨のぱらつく蒸し暑い空気が横浜の街を包んでいる。

暗がりから抜け出した時に見える、夕暮れの入道雲ランドマークタワーが切り取る、笑ってしまうくらい透明な夏空はすぐそこにあった。

坂を下るとみなとみらいの景色はやがて近づくけれど、私は大きくなるあこがれを知らなかったように、リュックサックの本が鳴って花咲町の音楽通りを曲がる。

「これからのまちはどうなるか」

「これからのまちはどうなるか」

—神奈川県立図書館の話 おわり—

 

もうひとつの図書館から坂を降ればすぐに日ノ出町の駅に着く。駅裏の階段も不気味なラーメン屋も、そして何より入り浸ったジャズ喫茶がいくつも現れて、まだジャズを聴き始めてそこまでの時間が経っていない頃にユニオンで買ったMiles Davisの『On The Corner』のレコードを若い店主に見せた時なんか、「ソレ、そこまで多く流通しているわけではないからね、良いもの手に入れたね。」なんて言われて、この縁も中央図書館から見えるみなとみらいの景色が少しずつ近づいて花咲町の音楽通りを曲がったからなのかなとか調子よくこじつけめいたり、あびいろーどなんて喫茶店があることを出来過ぎだなと笑って、この時間、宮川橋から見える歴史的な野毛の飲み屋街や、いつもの古本、ワンタン、エスプレッソ、ミニシアターまで揃う伊勢佐木モールの風景をうっとり思い出したりする。

 

早く起きればランチの時間ギリギリで間に合うように関内駅を越えて行ける。うどん屋も洋食屋もグリルもあり、絶好調なら昼からビールを飲む場所もいつからか選択肢に加わっていて、食後のコーヒーは専科か大学院なんだけれど、そこまでの金がなかったらグーツという素晴らしいコンビニへ行くために日本大通りのいちょう並木の下で休憩をするのも良いだろう。節約といっても、ここにはクラフトビールのトラップがあることを忘れずに。

 

あと10分も足を伸ばせばシルクセンターのアンティークショップにたどり着ける。5枚10円とかのジャケなしレコードをいっぱい買って、コレはさすがにユニオンの袋に入り切らない…とリュックサックをパンパンにさせながら、少しだけ帰り道は長くなるけれど、この勢いで海まで見ていこうという気持ちが楽しい。

 

山下公園を適当に歩いて中華街を突っ切る。端っこだから遠くても好きなコーヒースタンドに寄って、昔のバイト先とか中華食べ放題とか、チャーミングセールの元町の上品な活気の良さ、ひらがな商店街までご機嫌を伺いに行きたい。

博物館となった家からの眺望は本当に美しい。船が霧笛を受け取れば山手のロシュに隠れてみるのもいい。ここのオムライス、エビフライ、ビーフシチュー、最高だ。

 

さらにこの流れで山手、そして根岸までをも楽しむことができる。しかしかなりオーバーだ。YMOの映画「A Y.M.O. FILM PROPAGANDA」で圧倒的な憧れを感じた旧根岸競馬場、その周囲を囲む森林公園、幼少期には崩壊の風貌を特に気に留めることもなく遊んでいたし、ユーミンの「海を見ていた午後」の歌詞でお馴染み、レストラン「ドルフィン」ではソーダ水を頼むと今でも当時の音楽が流れる。時代は変わって新しい建物が現れてあの景色はもうはっきりとは見えないけれど、小さい頃から両親が運転する車でユーミンがかかっていて、今でもずっと大好きなんだ。高中とかサザンだってホームだ。

この町は旅のメインになってくれるほど面白くて、一日空きを作ってまで森林公園付近を広く散策してみても楽しい。

 

伊勢佐木モール辺りに戻ると一直線に続く夜の商店街に圧倒される。でも、当然どこまでもってわけじゃなくて、飲み屋とチェーン店と住宅街と、徐々に暮らしと生活に最も近づいてくる。

 

BOOKOFF PLUS NEW YORK—

そうだ、忘れもしない、横浜ビブレのブックオフで見つからなかった小説やCDは大体ここにあることが多い。そんな気持ちを誰にも言わずに今日も伊勢佐木モール店へ踏み込んでいく。

一階の入り口は二箇所ある。そこにはそれぞれ二つずつのワゴンが置かれている。ここはすごい。100円のCD、DVDがたんまりと並んでいる。たまにレコードもある。宝の山だ。

ブックオフのCDは何度も何度も値上げされてきた。それに伴い100円コーナーは消えかけている。CDを買う人も少なくなっているのだろう。買取終了の話題を見かけたこともある。

中学生の頃、私はミスチルの全てのアルバムを100円コーナーで揃える遊びを一人でやっていた。ブックオフの100円コーナー、ハードオフのジャンクコーナー、リサイクルショップのワゴンセール。案外すぐに集まったものだが、なんて楽しかった日々だろうか。ジェフリーディーヴァーリンカーンライムシリーズだってそうだ。いっぺんに上下巻が揃うと運が良い。ニューヨークは小説の舞台にもなっている。本を読みながら「十二月のセントラルパークブルース」に浸ったりして、そうやって何度も、このシリーズを明け方まで読み耽る夜は私を見たこともない広い世界に連れて行ってくれた。それは実在する舞台と、実在する思い出と、実在する物語が作り出す、全く新しい私だけの想像の世界に思えた。

あの頃の無限に拡大する憧れは、今の今までしっかりと繋がっている。

ミントンズ、バードランド、ビレッジバンガードブルーノート、あのジャズクラブに、まだ私は想像の中でしか訪れていない。それでも録音は実在している。あの頃のあのジャズクラブを閉じ込めたレコードは、これからも実在する誰かが回していく。

あの頃の世界の困難や苦悩を学者でもないただの20代の私が言葉として正確に伝えていくことは難しいだろう。ただ、そんな環境から生まれた、生まれるしかなかった音楽を楽しんでいくこと、それが直接誰かに伝わることはないにせよ、その感情がまた誰かに新しい音楽を回させるほんのわずかな力学にでもなってくれたら嬉しい。音楽が好きだから。それに尽きるんだ。

どれだけのっぴきならない環境があったのだとしても、あなたの音楽は最高だ。今からでもそうやって伝えたくなる瞬間がたくさんある。

ただひたすらに芸術を追求していたのか、孤独な叫びだったのか、いつか誰かに認められたかったのか、そんなことは分かりようもないのだが、でも、あなたの音楽を聴いている人は世界中にたくさんいるはずだ。あなたの音楽が、会話もやり取りも、存在すら一生認識しないのかもしれない誰かと私をイマジナリーなものではなく、実在する友人だと思わせている。

一人になりたくて音楽を聴いている時、私は一人ではなかった。

BOOKOFF PLUS NEW YORK おわり—

 

さらに商店街を突き進んでいくと、北西に数本の通りを越えれば黄金町の美術展もあって、ここもイベントの時の賑わいが新しい歴史を作りかけているように思う。

 

富士見川公園と月を南東に眺め、吉野町と南太田の間をすり抜ける。井土ヶ谷から京急の線路沿いに左折すれば弘明寺の坂道をグネグネと下るアップダウンが待っている。

商店街から線路と大通りの間に潜り込み、あとはそのまま一直線。上大岡駅まで来てしまった。

 

歩き疲れたから電車に乗り込む。

今、そこに躊躇いはない。

 

いつか、電車に乗り込むことも、線路に飛び込むこともできなかった私は上大岡駅に立ち尽くしていた。

“ホームドアが反射する足元に快速列車の風へ混じる黒い飛沫を知ったような気がして”

数分足らず、次の普通列車を待っていたあの時の私はこう書き残していた。

 

いつまでも記憶からは聞こえてくるけれど、またいつだってここから聞きに行くよ。

 

上大岡駅には快速列車が止まる。

止まらなければ良いのにと思ってたけど。

【二次創作】tipToe.『thirdShoes.』非公式アンソロジー 「月と夢の輝きに向けて」

 

【二次創作】tipToe.『thirdShoes.』非公式アンソロジー「月と夢の輝きに向けて」

 

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目次

1. Third Shoes From The Blue Moon
Interlude プレイリスト 「My Lost Black And Blue」
2. 夜更けのうた
Interlude カバー演奏 「砂糖の夜に」
3. Music To Night Walk By Lonerism
Interlude 音楽家の病 - フォーレと都会
4. 感傷的な散歩坂
Interlude 輪唱の下 - 星降る夜、12月の海
5. thirdShoes…thirdDrops.
6. たぶん夜はむかえに来ない…thirdうつつ.
7. 水槽の記憶
8. 夜のフラ  ワー
9. あとがき
10. 旅立つ夜

 

1. Third Shoes From The Blue Moon

 

blue moon. / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

ある夏の夜、だいたいコウロギやスズムシが少しずつ鳴き始めるくらいの頃、ヘッドホンに隠れた電子ピアノから鳴る「月の光」は息苦しく街の中に潜んでいた。
静寂を包む街の中のイメージが研ぎ澄まされていくと、ゆっくりと終点を目指す各駅停車の鉄道の音が遠くに聞こえてくる。
喧騒を包む街の中の輪郭に焦点が散り、僕らは軽々と屋上を駆け上がっていく革靴の音がいくつものリズムで交差する秘密を浮かべ上げようとする。
辿り着いた夜空には「湖上」のように聞き耳を立てる月が頭上に降りてくれば良いのだが…舞台が重たい空気と貧しい雲を聞いている。
まるで誰かに用意されていたことを知らないフリするように、そうやってわかっていた景色に何度もまばたきをしてみたのだった。
大きな交差点では歩行者用の信号機がまた点滅を始め、街を歩く人々は走り出す。向こう側にある信号機を見て。
夜の街に溶けていくものが聞こえる「月の光」には鉄道と革靴の音が隠されていた。
僕らは色のない信号機をじっと見つめている。

 

Interlude プレイリスト「My Lost Black And Blue」

『thirdShoes.』- - -「My Lost Black And Blue」- - - 

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Black and Blue / Fats Waller (演奏: Andre Previn) [Plays Fats Waller] (1958)

Insomnia / Heyne [Insomnia] (2018)

応答せよ / Mondo Grosso, やくしまるえつこ [何度でも新しく生まれる] (2017)

夜が明けたら / 浅川マキ [夜が明けたら / かもめ] (1969)

 

 

 

2. 夜更けのうた

 

砂糖の夜に / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

見飽きた公園の周りを歩いていけば、さっきのコンビニ店員は夕方にもレジを担当していたことを思い出す。
ここでは滅多に見かけない野良猫の後をゆっくりついて行くと、猫は角を曲がり水飲み場を見上げる。ブランコの方へ首を向ける。
終電か始発か、出発は、そんなことはどちらでも良くて、夜の街を飲み込んでいるのか、夜に夜を沈め身体を浮かせているのか、やはりそれはどちらでも良かった。
あざ笑いながら吸い込まれていく色とりどりの自動販売機があり、なぜか灯りが消えている隣の自動販売機で缶コーヒーを買うと、僕らが昼間に眼差していた月は恥ずかしがってカーテンの裏に隠れる。
いつもより余計に強く靴紐を結び直していたことが気になっても月の光はいつも通りで、冷たい偶然と暖かい規則に深呼吸で息を止める。
一時停止の標識、コンクリートのとまれ、消えかる街灯、点滅する信号機、そっと目を閉じると、もうとっくに知っている夜の後ろ姿は見えなくなってしまった。
孤独を知らないフリするにはあまい夜。
それは夜だけのもの。砂糖の夜に。

 

Interlude カバー演奏 「砂糖の夜に」

tipToe.『thirdShoes.』M2「砂糖の夜に」のカバー演奏を制作しました。
できる限りマイクで生音を拾ってミックスしたことがこだわりです。
打ち込みを避けるためにドラムはサンプリングを行いました。

ドラムサンプリング元: 風の世界 / SUGAR BABE [SONGS] (1975)

 

 

 

3. Music To Night Walk By Lonerism

 

ナイトウォーク / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

砂浜のコンクリートに座っていた。静かにシャボン玉を吹かしていた。
星も見えない曇り空、煌びやかな電燈もない町、波の音しか聴こえない午後8時。
隣人はコンクリートに立ち、遠くの黒い夜空を見ている。
人影のある波打ち際と解体が始まった海の家の間を歩く。
波がよく聞こえる方のイヤホンを外してみる。
海を歩く人、海を走る人、海に座る人、海に立つ人、みんな、こうして海に来たという。
あのシャボン玉は、夜の海に来た人たちを乗せて星のない夜空へ弾け飛んでいった。
残された私の甘さがアイスクリームに代わって夜の空気に浮かび上がっても、また、自分の力で心の中に沈めることは、海を目指すためのあゆみ。
商店街からの抜け道、夜中の美容室から漏れる光。窓ガラスから見えるシャンパングラス。
並んでいる街灯のひとつが消えていた。
でも、じっと見つめていると、たまに光ってみせていたから、僕らは笑って家に帰った。

 

夜の海まで風を切れば曇り空は薄くなり、月が浮かぶ海をあの砂浜のコンクリートから見た。
大好きだった場所にある自動販売機から馴染みのスポーツドリンクは売り切れている。
当然だ。僕らはもう、青春の泡立つ波を簡単に乗りこなして広い世界を見ていた君の残像がこの町から消えていくより早く、また次の夜を走り抜けていくことができる。
ほんの一瞬だけ青に変わる信号機の前で立ち止まった僕らは、僕らの未来を察して、実はもう安心してしまったことを残念に思う素振りを隠して、後ろを振り返った。
でも、やがて両足を揃えて、精一杯の力を込めてまたいつか走り出してみた瞬間、私の横をゆううつ色のワンピースを着た人が全力で駆け抜けていった。
黒と青が混じったような色だった。
この夜は大事な色だから、忘れずに。

 

Interlude 音楽家の病 - フォーレと都会
[フォーレ
難聴に加えて高い音がより低く、低い音がより高く聞こえるという症状

[都会]
柔弱に加えて広い地がより孤独に、狭い地がより安堵に感じるという症状


「月の光」のひとつで有名なガブリエル・フォーレは音楽人生において、少しずつ聴覚障害を抱えていくようになったと言われています。
では、”眠らない夜の街”で知られる都会はどうでしょう。
あてもない人の洪水がそれぞれの孤独を元に、さよならをさせるために、灰色の世界へ吸い込まれていくではありませんか。
それでも都会は何事もなかったかのように。

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4. 感傷的な散歩坂

 

星降る夜、君とダンスを / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

“回れ!回れ! 気の済むまで 踊れ!踊れ! 弾けるような思い出を この今を 秒針の度 刻み込んで”
星降る夜、君とダンスを / tipToe. [thirdShoes.] (2018)


ベルガモの時計塔を見上げていた。
ミラノから北東40km、北イタリアの歴史的な郵便の拠点として栄えたベルガモの時計塔と月に観客が集まるサンロレンツォ通りを歩くのは8月10日の夜のことだった。
流星群だとか、ブルームーンだとか、何やら今日は特別な日で、ドニゼッティのオペラが流れ、祝祭のチラシが舞い、花束を抱えた人々もいた。
街は溢れて飛び出した人混みが来た道を戻れないほどだった。

 

8月15日の夜、砂浜を歩いていた。
海に背を向けて歩き出すと、導かれた無数の跡がシンボルロードの地面を覆っている。
サイダーに溺れた星屑の天の川がブルームーンの扉に流れていく。
いつもの喫茶店や隣のカレー屋をちらりと確認して、ブルームーンの扉を開ける。
商店街からの抜け道にある古本屋はここでしか見たこともないような出版社の名前をいくつも並べていた。
ほんの束の間の滞在を考えていたけれど、もしかしたら何かがあるのではないかという期待を込めてみた。


ブルームーンでは可愛らしい音楽が流れていた。
小太りの若者は豪快にタルタルソースを唐揚げにかけ、山盛りのフライドポテトをシェアしながら周りの常連客と早口で会話していた。
「いつもそうじゃん。何回目だよ。」という呆れた笑い声で静まった店内に、さっきのBGMよりずっと大きな笑い声が響き渡り、一層の賑わいを見せた。
傘立ての隣に置いたギターケースのチャックを開けていた。
このまちにストリートピアノはない。ヴァトーの絵がギターの音色を奏でていた。
「どこから来たの?地元の人?」
「そうです。ここ、私が生まれた街で。このお店、外から見てはいたのですが、ずっと入るのを躊躇っていて。今日はブルームーンの記念日なんですよね?いきなりなんですけど、一曲弾かせてください。」
演奏を終えるとなんだか急に恥ずかしくなり、外の空気を吸いに行くと言ってお店のドアを開けた。

 

月と鳥で切り取られた看板から街を眺めた。
遠くにピアノの音が聞こえてくる。
ピアノの音が響き続けるようになるまで、私は瞳を閉じて、そこにいた。

 

目を開けると、大きな青い月を浮かべる新宿のモニターがあった。
広場のステージが青く光り出し、行き交う人混みの中へ問いかける。
ステージには演者もなく、音もなかった。
映し出された月、小さな手紙と花束。

 

人混みから抜け出す。手紙に印刷されたQRコードスマホで読み取り、流れてくる音楽をイヤホンで聞いた。花束は聞き耳を立てていた。

 

あの日、ベルガモをアルタからバッサへ下ったように、まだ得てすらいない何かを急速に失ったと盲信し続けてしまっても、自分の中に新しさを見るため、新宿から渋谷の短くあっという間のゆるやかな坂道に安堵して歩いた。

 

新しい街を見下ろしても、また古い街を振り返る。一瞬だけ踵を上げて。

 

“きっとこの時計もいつか進んでしまうでしょう?”
星降る夜、君とダンスを / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

ベルガモの鐘楼を登る革靴の音は踊り出す。
渋谷のプラネタリウム、その入り口には空っぽの花瓶が用意されていた。
この小さな祝祭を見ていた夜空は、かなしくも身にしみる月の光に溶け、消えていった。

 

8月22日の夜、ドビュッシーは頭上の月を眺めていた。
音楽で、答えをまだ探しているようだった。


“かなしくも身にしみる月の光に溶け、消える”
ポール・ヴェルレーヌ『月の光』 (1950 堀口大學 訳) 

“ちっぽけな私は頭上の月を眺めていた 答えはまだ探してるよ
ナイトウォーク / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

Interlude 輪唱の下 - 星降る夜、12月の海

星降る夜、君とダンスを「流れてく星も君に報告したくなるの」

私はtipToe.『thirdShoes.』M4「星降る夜、君とダンスを」について、この2Bのフレーズが最も印象的だと思います。
過去のアイドルソングを思い返すと、たとえばHKT48の名曲「12秒」で最も有名なフレーズ”テトラポッドに寄せて返す波音”に並べることができるような、素晴らしく完成されたメロディと歌詞の組み合わせです。
ここでは「12秒」と同じ海からオフシーズンの夜空を見上げている風景に重ねたい一節を新しく考えてみました。

12月の海「波音がテトラポッドを知らせる 夜空の下に」

 

誰かから電話がかかって来た。
私はいつものように呼吸を整えてから通話ボタンをタップした。

 

(前略)
「流れ星!」
「え?」
「… (突然大袈裟なリアクションを取ってしまったことに恥ずかしがる)」
(後略) 

 

星降る夜、君とダンスを「思い付き絡みも今日は許してよね」

 

 

 

5. thirdShoes…thirdDrops.

 

都塚寧々さんに贈る

 

窓を閉めると信号機が青になる
1階にある鍵を取りに行く
駆け下りた階段を振り返ったネズミは
途方もない星までの距離と明日の近さに安堵する

空を見上げると長い夜が青になる
2階にある収納へ急ぐ
駆け上った階段を振り返ったネコは
夢の中の時間と現実の長さに安堵する

3階から溢れた雨が1階に落ちる
やがて人々は3階に集まるという

1階から逃げ出した人が信号で止まる
振り返ると向かい風が吹くという

俯きながら信号を待っている人の向こうには
古い友人たちが今か今かと待っているそうだ

 

thirdShoes...thirdDrops. 

 

 

 

6. たぶん夜はむかえに来ない…thirdうつつ.


中秋の名月を求めて横浜駅を降りた私の計画は、月にまつわる音楽を聴いて、その間、夜の街を歩き続けるということだった。
荒井由実の『14番目の月』があり、斉藤由貴の『MOON』があり、Bill Evansの『Moon Beams』があり、ピンク・フロイドの『狂気』がある。
そんなように、必ずしもアルバムを通して聴くわけでもなく、なんとなくの選曲を考えながら、私は東口の短いエスカレーターが夜空へ導く背伸びを助けてくれるような気がしていた。

ブックオフディスクユニオンのハシゴ、格安の珈琲屋とボードゲームカフェ、最高の立ち食い蕎麦屋クラフトビール屋、馴染みの五番街とniigo広場前の5差路や平沼橋から見える風景、あの子に告白をした駅ビルのカフェとか贅沢をしてみたサモアールとか、手土産ならデパ地下で買えるくるみっこが良くて(すぐに完売するので注意)、わざわざスカイビルを登ってまで100円ショップで探し物をしたり、県民センターに行けば本の返却ができるし、もう閉店してしまったけれど超旨いハンバーガーショップや閑古鳥が鳴いていたダイエー、ローカルカラオケ店、シブめの建物にある映画館とライブ会場、いくつかの新しいラーメン屋、ドンキもジムもマックも床屋も通っていて、そうやって過ごしていれば今夜も海の見える夜景へ足が向かってしまうんだ。

みなとみらいの一等地、煌びやかな夜が見える海側には臨港パークやスタバがあって、でも、私にとってさらに大切な記憶は2016.09.25のパコ浜握手会からのバーミヤン食べ放題にあって、お台場でもTIFの感想に浸ったチェーン店で、それも同じ海の見える街で、横浜駅からみなとみらいまでは絶対に心拍数を上げながら歩いて行ったほうが良いと思ってしまう。

夜行バスの集合場所、ベイクォーターに振り返るはまみらいウォーク、日産の本社から階段を登って降ればあとはまっすぐ海を目指すだけ。

ブルーラインを跨いだ西側には個人経営で素敵なベーグルやスイーツ、こじんまりした商店街もオンボロだった図書館もあって、やっぱりみなとみらいから日ノ出町までも歩いて行くべきだと思う。

 

—神奈川県立図書館の話—
神奈川県立図書館が新しく生まれ変わった。
夏晴れにも負けじと、いや、むしろその明るさを消したがっていたのか、暗雲と薄闇が行ったり来たり、紅葉坂にそびえるあの頃の不気味な存在感。
今は古びた階段とボロボロの書架にまばらな人々、もちろんかつての使いにくいルールだって面影もない、多くの人が集う新しい町の文化の始まりを香しく纏っていた。
1階には珈琲屋が入っていた。
そんなことを思えば、今っぽい雰囲気で賑わっている姿にちょっぴり寂しくも、でもやっぱりこれからの世代にワクワクしたんだ。
図書館を後にすると、雨のぱらつく蒸し暑い空気が横浜の街を包んでいる。
暗がりから抜け出した時に見える、夕暮れの入道雲ランドマークタワーが切り取る、笑ってしまうくらい透明な夏空はすぐそこにあった。
坂を下るとみなとみらいの景色はやがて近づくけれど、私は大きくなるあこがれを知らなかったように、リュックサックの本が鳴って花咲町の音楽通りを曲がる。
「これからのまちはどうなるか」
「これからのまちはどうなるか」(※1)
—神奈川県立図書館の話 おわり—

 

もうひとつの図書館から坂を降ればすぐに日ノ出町の駅に着く。駅裏の階段も不気味なラーメン屋も、そして何より入り浸ったジャズ喫茶がいくつも現れて、まだジャズを聴き始めてそこまでの時間が経っていない頃にユニオンで買ったMiles Davisの『On The Corner』のレコードを若い店主に見せた時なんか、「ソレ、そこまで多く流通しているわけではないからね、良いもの手に入れたね。」なんて言われて、この縁も中央図書館から見えるみなとみらいの景色が少しずつ近づいて花咲町の音楽通りを曲がったからなのかなとか調子よくこじつけめいたり、あびいろーどなんて喫茶店があることを出来過ぎだなと笑って、この時間、宮川橋から見える歴史的な野毛の飲み屋街や、いつもの古本、ワンタン、エスプレッソ、ミニシアターまで揃う伊勢佐木モールの風景をうっとり思い出したりする。

早く起きればランチの時間ギリギリで間に合うように関内駅を越えて行ける。うどん屋も洋食屋もグリルもあり、絶好調なら昼からビールを飲む場所もいつからか選択肢に加わっていて、食後のコーヒーは専科か大学院なんだけれど、そこまでの金がなかったらグーツという素晴らしいコンビニへ行くために日本大通りのいちょう並木の下で休憩をするのも良いだろう。節約といっても、ここにはクラフトビールのトラップがあることを忘れずに。

あと10分も足を伸ばせばシルクセンターのアンティークショップにたどり着ける。5枚10円とかのジャケなしレコードをいっぱい買って、コレはさすがにユニオンの袋に入り切らない…とリュックサックをパンパンにさせながら、少しだけ帰り道は長くなるけれど、この勢いで海まで見ていこうという気持ちが楽しい。

山下公園を適当に歩いて中華街を突っ切る。端っこだから遠くても好きなコーヒースタンドに寄って、昔のバイト先とか中華食べ放題とか、チャーミングセールの元町の上品な活気の良さ、ひらがな商店街までご機嫌を伺いに行きたい。
博物館となった家からの眺望は本当に美しい。船が霧笛を受け取れば山手のロシュに隠れてみるのもいい。ここのオムライス、エビフライ、ビーフシチュー、最高だ。

さらにこの流れで山手、そして根岸までをも楽しむことができる。しかしかなりオーバーだ。YMOの映画「A Y.M.O. FILM PROPAGANDA」で圧倒的な憧れを感じた旧根岸競馬場、その周囲を囲む森林公園、幼少期には崩壊の風貌を特に気に留めることもなく遊んでいたし、ユーミンの「海を見ていた午後」の歌詞でお馴染み、レストラン「ドルフィン」ではソーダ水を頼むと今でも当時の音楽が流れる。時代は変わって新しい建物が現れてあの景色はもうはっきりとは見えないけれど、小さい頃から両親が運転する車でユーミンがかかっていて、今でもずっと大好きなんだ。高中とかサザンだってホームだ。
この町は旅のメインになってくれるほど面白くて、一日空きを作ってまで森林公園付近を広く散策してみても楽しい。

伊勢佐木モール辺りに戻ると一直線に続く夜の商店街に圧倒される。でも、当然どこまでもってわけじゃなくて、飲み屋とチェーン店と住宅街と、徐々に暮らしと生活に最も近づいてくる。

北西に数本の通りを越えれば黄金町の美術展もあって、ここもイベントの時の賑わいが新しい歴史を作りかけているように思う。

そろそろだよねって、tipToe.の『thirdShoes.』の再生ボタンを押して、思い出を噛み締めながらとぼとぼ歩いて行く。

「砂糖の夜に」のトライアングルが聞こえてきた頃、ふと富士見川公園と月を南東に眺めると、夜空に向かって大きく大きくブランコを漕ぐ女の子の姿が、その日、その瞬間、本当にあったんだ。

私は、この月の夜が叶えてくれた現実のthirdShoes.と、夢のように閉じ込めたあのジャケット写真に運命的な完成を確信した。

2022年9月10日の夜のことだった。

 

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7. 水槽の記憶

 

大きな水槽 何もない水槽があって
夢があって 明日があって
水が消えて 全てが消えた
記憶の欠片 バラバラに散って
息ができない時に 思い出したように
一杯の水 コップに注がれた水が
小さな容器を満たしていたことを思い出して
そして僕たちが大きく息をすれば
あの海の香りが確かに存在していた
プールを満たす海の底では息をしていた

蓋を開けてしまったら
飛び出した泡 戻ることはない
手を触れた瞬間に ただの水道水が
そうやって流れていたことを思い出す
水槽の記憶 そのひとつだとも知らずに

 

“夜の街は青い水槽みたい” 
月がきれいすぎるから、僕らはプールに飛び込んで ダンスを踊った”
blue moon. / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

 

 

 

8. 夜のフラ  ワー


1970年代にリリースされた荒井由実のオリジナルアルバム4枚に、私がポップスで聴きたいと思うほぼ全ての音が叶っていました。
その中で最も好きな作品、人生が魂に呼びかけてくるように好きな作品、それが2ndアルバム『MISSLIM』です。
tipToe.『thirdShoes.』の4曲に、私がアイドルソングで聴きたいと思うほぼ全ての音が叶っていた、と言ったら重ねすぎでしょうか。
お気づきの通り、これまでお読みいただいたこの非公式アンソロジーには『MISSLIM』の楽曲から受け取ったメッセージを織り交ぜています。
アンソロジーの題名を見てすぐに『ひこうき雲』だと、これは「海と空の輝きに向けて」の冒頭、”月のまなざし”なのだと気づいてくれた方、非常に嬉しく思います。

『thirdShoes.』の結末はあたたかく美しいものでした。
それでも、どうしてもどうしてものっぴきならない時、私は『thirdShoes.』の4曲目をpianolessonに代えていました。
どちらの結末になっても、それはあたたかく美しいものでした。

思い出は美しい芸術ではありませんが、思い出が誰かをあたためる芸術を作らせるのだと、私は信じています。

10曲の全てに欠かすことのできないストーリーがあり、最初から最後までの全てが好きなアルバム『MISSLIM』のさらに最もあたたかく美しいラスト3曲「たぶんあなたはむかえに来ない」「私のフランソワーズ」「旅立つ秋」を束ねれば、David Bowie『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』における「Rock ’n’ Roll Suicide」の存在を超えるとまで、ユーミンからの2年越しの解答だとも思ってしまうくらいです。

2010年代中頃、私は日本のアイドルソングを熱心に聴き始めました。
もし、私がリアルタイムで追っていたアイドルの作品を当時に新入生として迎え入れる立場であれば、ミスリムやジギースターダストが座ったと聞かされていたその席に、tipToe.『thirdShoes.』や、sora tob sakana『alight ep』が座ってしまったことを考えてしまうでしょう。

かつてはじまりよりおわりが好きだと言っていた推しメンに問いたいです。
あなたはイントロよりアウトロ、冒頭より最後の曲が好きなのでしょうか。

アイドルだったから好きになったけれど、好きになったらアイドルは関係ないと思うことは校則違反なのでしょうか。

私が出会ったtipToe.『thirdShoes.』に向けて、ずっと昔の生徒が解答用紙の裏に書き残していたというメモを今ここで見せることができます。


たそがれどき ひとりかけるレコード 
4年前に はじめてきいた曲を 
私のフランソワーズ 
あなたの歌に 私は帰るのよ 
さみしいときはいつも 
あなたの顔 写真でしか知らない 
私はただ 遠く憧れるだけ 
私のフランソワーズ 
あなたは歌う 去りゆく青春を 
静かに見つめながら
私のフランソワーズ / 荒井由実 [MISSLIM] (1974)

 

あなたの大切なものはあなたのことをきっと見ているよ

 

“あたし、背伸びしたっていいかもね?青春がきっと始まるかもっ!”
夢日和 / tipToe [magic hour] (2018)

 

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9. あとがき

 

私とtipToe.の出会いは「夢日和」のミュージックビデオでした。
なんとも可愛らしい音楽でいいな…という最初のイメージが、「みんなで青春しませんか?」のゆるいコンセプトに隠される作り込まれた物語の一員を自覚させるまでにそう長い時間を必要としませんでした。

ちょっぴりの特別じゃなさに共感したり、少しだけ特別になった瞬間を祝福したり、そんな、私が現代のアイドル文化を愛している理由のひとつに、決して無理をしないで着実に誠実に多くの人へ刺さるように作られたポップな音楽が交わっていく姿を、今も眺め続けています。

tipToe.のストーリー上で不要な楽曲はこれまでにひとつもなく、どうやっても一定の解釈軸を与えてくれる方針が大好きな音に対する推進力やアルバム収録の少し苦手な曲に対する向き合い方を探らせてくれます。
それは『thirdShoes.』がこんな文章を書かせてしまったり、「僕たちは息をする」「The Curtain Rises」「Silent Sign」がいつの間にか好きになっていったり、力強さを否定してナイーブを愛する人にだって、今乗り込んだ電車の吊革を掴んでさえいればそれで大丈夫という気持ちにさせてくれるのでした。
(そんな雰囲気が加速しているように思う2期も大好きです。)

1期だけ(ソロ)の存在に対して徐々に崩壊するのではないかという不安を愛おしく抱き締めていて、2期(ツーショ)を含んだ関係に対する安心感に強くワクワクしています。

かなり強引な感覚ではありますが、遠い親和性を重ね、ジャズプレイヤーの阿部薫で言えば、ソロ作を聴いている時の寂しさ(彗星パルティータ)とデュオになった時の熱さ(吉沢元治との演奏)に重ねられる感情があるような気がします。

私にとって確信的だったことは『20180707「アイドル横丁夏祭り!!〜2018〜」横丁4番地 at 横浜赤レンガパーク』の動画を見た瞬間で、そこで狂ったように惹きつけられた”理由”はまだはっきりできておらず、音質の悪さとかモニターの微妙さとかロケーションの活かせてなさを自分が愛する街の”動画”だからこそ感じてしまった異質な感覚が「ナイトウォーク」に包まれたからなのだろうと、自分のストーリーに対して楽曲を重ねること、それこそがtipToe.の精神性だと言っても良いように思えても、曖昧で、曖昧なのさ…と、楽曲から、つみちゃんから声をかけられてしまったのでした。

いくつかのリリイベ、大きなワンマン、記念の催しなど、少しだけ現場に足を運んだりすれば、その度に胸が締め付けられて、それを痛がりらしく楽しんで、ある時はライブ後に渋谷から品川まで「ナイトウォーク」を聴き続けて歩いたり、またある時は眠ることなく朝まで『thirdShoes.』を聴き続けた後の気だるい朝に海へ向かってみたり、そんな大切な思い出にtipToe.の音楽はありました。

『thirdShoes.』の4曲は私にとってどのようなライブや演奏にしても別格だとして、次点から好きな曲を挙げてみます。
「クリームソーダのゆううつ」「秘密」「ないしょとーく」…このままだと全曲について語りたい気分を加速させてしまうので、いつかまた、それだけに絞った文章が書けたら良いですね。

私はだいたい10年くらい前から身体に強い痛みを伴う病気を抱えながらまあなんとかやってこれているという境遇がありまして、これもそれだけの文章が書けるような複雑な話なので詳しくは割愛しますが、痛みに耐えている時には音楽を聴くくらいしかできなくて、tipToe.の曲もいつからかその中のひとつでした。人を頼ることは苦手だったけれど、音楽を聴いて、音楽に聞いてもらっていたようでした。いえ、確かに聞いてもらっていました。しかし、そう思う”理由”は曖昧でいいのだと、今は思います。痛みだって”大嫌いで愛おしい 解けなくて煩わしい”ということで、曖昧にするためには痛がりになることしか道がなくても、その痛みが大きければ大きいほど魅了されるカルチャーの存在はありました。

痛みがおさまったらもうヘトヘトで、それがどれだけの時間を抱えても何にもならない誰にも評価されないと悲しい気持ちでよく海を見にいって泣いていました。

もしも私が”痛みを”歌うなら君(音楽)はそこで聞いてくれる?

さて、ずっと水中にいるような文章を書いている自覚があるとはいえ凄まじく湿っぽくなってしまったので、ここからはオタクらしく妄想で会話を創作してみて、感情のバランスが取れることに期待したいです。

あまりにも急カーブが過ぎますが、今はこうするしかないのです。
そう思った時はそうすることでいつかあれだったと思える日が来るのかもしれないと懸けています。わかってくださるでしょうか。いつまでもわからないフリをすることに疲れてしまいました。茜色を見ても、強くなったわけではないのです。ただ、日没後の海からの帰り道では、なぜか背中にあたたかいものを感じています。


タイトル:海を見ていた夕暮れ

転換:あの頃の私は海を見て泣いていたんだ…

海「あのさー、いつまで泣いてんの?もう長いって。」
 「わかったわかった、わかったから何か言ってくれ。」
 「…ほら、これ買ってきたから飲めよ。ビール。」
 「はい、飲んで。」
 「…30点。もっとガッといけ。ビールはちびちび飲んでも美味くないでしょ。つみりん見てよ。これ9パーよ。」
 「あ、いやごめんこれは流石にやりすぎかも。」
つみ「私みたいになっちゃだめだよ〜笑」

テロップ:抱えきれない憂鬱な想い ちっぽけな私は頭上の月を眺めていた 答えはまだ探してるよ 
ナイトウォーク / tipToe. [thirdShoes.] (2018)


閑話休題
すみません、これは完全な妄想でしたが、満月の夜に『thirdShoes.』のジャケットのような構図を目の当たりにしたことは本当の現実です。現実の出来事との対比がなければこの部分はカットされていた可能性があります。ひどく臆病なので。

でも、こういうことが起こってしまうんですよね。

好きという感情はすごく面白くて(その気持ちが引き起こす何かを信じていて)、だからこそ一歩を踏み出せることも大好きな可愛い音楽を通してアイドルは教えてくれました。

私はtipToe.と一緒に青春ができたと思います。

「制服だけが青春じゃない」という言葉をいつかどこかで聞いた覚えがありますが、それを今の自分なりに飲み込めば、「振り返ることが青春の作法」だと言えます。もはやそう言っていくしかないという気持が現れることなんて当然知ってはいましたが、それでもやっぱりまた知らないフリをして、私はこれからも思い出に生かされていくのでしょう。

tipToe.に関わってきた皆さんへ心からのありがとうをお伝えしたいです。

tipToe.の『thirdShoes.』が私の「月を信じる夜」 から「夢を見た朝」に向けて輝きを与えてくれました。

 

信号機の点滅で焦って渡ることはないと思います。
今の君には思いっきり走ってみるという選択肢があるだけで、そういう時、君が夜に見たわずかな光はどんなものだったのかを思い出してみてほしいです。
今の君が見る信号はその色だけで良いのではないだろうかと、私は思います。

 

それでは最後に「旅立つ夜」をお別れのご挨拶に加えさせていただきます。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

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10. 旅立つ夜

 

海へ向かう快速列車の黒い風を背中で受けた。
深海は何も見えなくて冷たいけれど穏やかで、決して誰も待ってはいなかった。
眠れない夜の街は何もかもが光っているけれど空虚で、いつだって君が来ることを待っている。
僕らは、僕らが持っているわずかばかりの知識を必要としてくれるところへ行こうと思う。(※2)
リュックサックの中で眠っている夜の公園を起こさないように小さな声で、朝の公園に旅立ちの挨拶をしてきた。

今日が、初めましてなんだけどね。

 

 

 

 

いつか閉じ込められたこのフィルムを回す、”私”が生まれた湘南の街に心からの愛情を込めて。

 

 


tipToe. Thru Gypsophila with Me ♪

 

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本非公式アンソロジーはファンの「発信・共有」を目的として個人が趣味で執筆した「二次創作」です。実際の楽曲、関連書籍、公式企業・関係者の方々とは一切関係ありません。本ページに掲載された作品はあくまで個人の一解釈であり、実在する団体、個人を誹謗中傷するものではありません。

 

 

 

参考・引用

blue moon. / tipToe. [thirdShoes.] (2018) 

Third Stone From The Sun / Jimi Hendrix Experience [Are You Experienced] (1967)

Clair de Lune / Claude Achille Debussy [Suite bergamasque] (1890~….?)

湖上 / 中原中也 [桐の花] (1930)

Black and Blue / Fats Waller (1929)

Insomnia / Heyne [Insomnia] (2018)

応答せよ / Mondo Grosso, やくしまるえつこ [何度でも新しく生まれる] (2017)

夜が明けたら / 浅川マキ [浅川マキの世界] (1970)

砂糖の夜に / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

夜明けのうた / Sugar Me [6 femmes] (2016)

夜の翼 / 山下達郎 [MOONGLOW] (1979)

風の世界 / SUGAR BABE [SONGS] (1975)

ナイトウォーク / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

Music To Walk Home By / Tame Impala [Lonerism] (2012)

約束 / 瀬名航, 花咲なつみ [せなとうた] (2018)

Clair de Lune / Gabriel Urbain Fauré [Masques et Bergamasques] (1919)

月の光 / 花岡千春 [フォーレ ピアノ小品集~夢のあとに] (2022)

都会 / 大貫妙子 [SUNSHOWER] (1977)

星降る夜、君とダンスを / tipToe. [thirdShoes.] (2018)

Clair de lune / Paul Marie Verlaine [Fêtes galantes] (1891)

12秒 / HKT48 [12秒] (2015)

たぶんあなたはむかえに来ない / 荒井由実 [MISSLIM] (1974)

『14番目の月』/ 荒井由実 (1976)

『MOON』/ 斉藤由貴 (1990)

『Moon Beams』/ Bill Evans (1962)

『The Dark Side Of The Moon』/ Pink Floyd (1973)

ロクタル管の話 / 柴田翔 [像] (1960)

『On The Corner』/ Miles Davis (1972)

A Y.M.O. FILM PROPAGANDA / 佐藤信 (1984)

海を見ていた午後 / 荒井由実 [MISSLIM] (1974)

『MISSLIM』/ 荒井由実 (1974)

ひこうき雲』/ 荒井由実 (1973)

星降る夜、君とダンスを / tipToe. [星降る夜、君とダンスを] (2020) 

私のフランソワーズ / 荒井由実 [MISSLIM] (1974)

旅立つ秋 / 荒井由実 [MISSLIM] (1974)

Rock ’n’ Roll Suicide / David Bowie [The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars] (1972)

『alight ep』/ sora tob sakana (2018)

夢日和 / tipToe. [magic hour] (2018)

tipToe. - 夢日和 Music Video / tipToe.公式チャンネル (2016)

僕たちは息をする / tipToe. [magic hour] 
(2018)

The Curtain Rises / tipToe. [daydream] (2019)

Silent Sign / tipToe. [timetrip] (2019)

『彗星パルティータ』/ 阿部薫 (1973)

『なしくずしの死』/ 阿部薫, 吉沢元治 (1975)

『北 NORD』/ 阿部薫, 吉沢元治 (1975)

『20180707「アイドル横丁夏祭り!!~2018~」横丁4番地 at 横浜赤レンガパーク』/ tipToe.公式チャンネル (2018)

クリームソーダのゆううつ / tipToe. [magic hour] (2018)

秘密 / tipToe. [daydream] (2019)

ないしょとーく / tipToe. [timetrip] (2019)

フィルムリールを回して / airratic [フィルムリールを回して] (2022)

Tip Toe Thru The Tulips with Me / 細野晴臣 [Heavenly Music] (2013)

 

参考・引用 リンク

さよならポニーテール 非公式WEBアンソロジー『 SAYOPONY × I 』
https://sorateiru.wixsite.com/sayopony-anthoro

tipToe.歌詞集 “特別じゃない私の物語" 
https://tiptoe.official.ec/items/25830801

クロード・ドビュッシー - wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC

ガブリエル・フォーレ - wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AC

ベルガモ - wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A2

ベルガモ出張 仕事だけじゃ面白くないぜ! 1日で楽しむ イタリア編 - 4travel
https://4travel.jp/travelogue/11617113

ベルガモの時計の塔からの展望と寄木細工 - みゅう ヨーロッパの個人旅行
https://www.myushop.net/rome/blog/detail/4932/116

ベルガモ観光】北イタリア一美しいの街の完全ガイド2020年版 - ミランフォ
https://milanfo.com/fuori_milano/bergamo

冬の静寂に包まれた、ヴェッキア・ベルガモ・アルタ広場 - note
https://note.com/alberocooking/n/n6391bcefb61d

【サンロレンツォの夜】夏の夜空に輝く流れ星をみよう -Notte di San Lorenzo- - napolissimi
https://napolissimi.com/notte-di-san-lorenzo/

8月に行われるイタリア版七夕「La notte di San Lorenzo」とは? - THE RYUGAKU
https://theryugaku.jp/3513/

 

 

 

 

 

参考・引用 [ネタバレ注意]

 

 

 

 

 

(※1,2) されどわれらが日々 / 柴田翔 [文春文庫 新装版] (単行本:1964, 文庫本:1974, 新装版:2007) 

 ※1 p.263 [ロクタル管の話]
そして、うつろに、果てしなく拡がるぼくの心の蒼穹には、虚しい光の溢れる中を数知れぬ黒い猛禽が乱舞し、斬り込むような叫び声で鳴き続ける。
アノトキノオマエハドオシタカ」
アノトキノオマエハドオシタカ」

※2 p.213-214
私は何ものかを与えるためではなく、何ものかを見つけるために行くのです。私の持っているのは、わずかばかりの英語の知識に過ぎません。私は与えるものなど持っていません。ただ、そこには、私のわずかばかりの知識を必要とする人たちがいるのです。そして私は、私を必要としてくれる人たちを必要とするのです。

 

 

 

作者: eonr