『Contemporary Northern Cruise』第1の章 待たせすぎたオタク

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1の章 待たせすぎたオタク

 

船内にはジブリのサントラがオルゴールメドレーで流れていた。

ローカルスーパーマーケット”セイミヤ”で買い込んだビールやおつまみが一夜にして全て胃袋へ消えた翌日、せっかくなのだからと早起きをしてご来光を拝んだ後、こうして私は今、船のラウンジで回想のテキストを書いている。不安になるくらい気分が良い。まるで自分のお誕生日会へ向かう子どもみたいだ。旅は誕生日なんて言ってみたりする。

日の出の美しさを求める気持ちは船旅の特別感と相性が良い。そういうものなのだろうという納得感があった。ただ、特別なことなんて何も考えちゃいなかった。赤、オレンジ、黄、緑、そして青。水平線からのグラデーションに見とれているだけの清涼感があった。船と同じくらいのスピードで晴天をゆっくりと通り過ぎていく小さな雲だって、太陽が見える東側の席を予約していたみたいだ。私の部屋に窓はない。だから甲板に立って青空を見上げる。秋の風は一瞬だけ肌を刺そうとしてきた。空の色が変わっていくように昨夜の酔いも覚めていった。日の出とは”ブルー”を感じる現象だと思った。どうやら私たちは無言でいてくれた風を待たせすぎたようだ。

昨日、これは特別な旅なのだから特別な食べ物は何もいらない…と、ご当地のクラフト系飲料や一般人の一食にしては割高だろと感じる贅沢なお弁当を避け、いつもと同じビールやおつまみ、同じようなお弁当を買っていた。こっちで言うところのオーケーストアか?と思いながらなんとなしに撮ったセイミヤの看板の写真をその場でオタク友達に送りつけそうになったが、まあ、そんなキャラでもないしな…とも思ってやめた。お気に入りのフォルダに追加しておいた。

私が生まれてから四半世紀ほど住み続けている神奈川県にセイミヤはないけれど、今は一緒に買い出しをしているレイちゃんが私のスマホを取り上げ、「さっきの写真、送っちゃおっかな〜」と笑いながら言ってくることがあるわけもなく、当然、「これ絶対邪魔になるから買わない方がいいんじゃない…」と、箱のキッチンペーパーを山に戻しながらあやめちゃんがつぶやくこともない。

大事な出発の日に私はなにを考えているんだ…いくらあやレイのショールームの空気感がお気に入りだとしても、コレはない。

後付けの妄想はもういい。

とにかく今はジブリのサントラだ。そういえばレイちゃんは歌番組でカントリーロードを歌っていた。これは妄想ではない、事実だ。そしてあれは最高だった。

帰りたい 帰れない さよなら 神奈川県

我に帰って船内のBGM耳をすませばそこには、やはりまだジブリの音楽が流れていた。

 

第2の章 海の見える街で

 

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