睡眠と民謡と運動と沈黙と - 日記

 眠る体勢をとった瞬間に眠っていた感覚で、起きたら土曜日の朝だった。早起きをしたので清々しくコーヒーでも飲みに行くか … … そんなことを思った瞬間に早めの昼食が似合う時間だった。年間を通してこれほど良い睡眠はないだろう。合計10時間の睡眠はそんな感想を引き出していた。


 今日もピアノを弾いた。近々、ちょっとした演奏をする機会があるので、なんというか、ピアノを弾きはしたいが、誰かに伝わりやすいような型にはめていく、まあ、練習といったところだった。そこでは大した集中力も発揮せず、ぼんやりとTwitterを開けばアイドルの下書きスクショツイートが流れてきて、笑った。


”「ねぇ一緒に歌ってみない?」は前ツでも標準語 りちりちは東京スタイルなので” (@kanon_skirdrp)


 透色ドロップ「りちりち」は速い沖縄民謡みたいな曲だった。目の前のピアノでサビのメロディをなぞってみると、Dmキーのニロ抜きだった。さっきのツイートにもあるように、ラスサビ前のセリフ「ねぇ一緒に歌ってみない?」はセガワさんが担当している(のでしょうか)。続く半音下げの転調があまりにも心地良い。YouTubeで沖縄民謡のまとめ動画を再生した。唐船どーいが似ているのかもしれない。(”唐揚げ船”とタイプしたが漢字の読みは”トウシン”)


 日本国内において、東京から遠くへ行けば行くほど時間の流れが遅いというどこかで聞いた、ありふれたような言葉に従えば、沖縄や北海道の民謡にはその感覚が生活のスタイルから組み込まれているはずだ。北海道に住んだことがある。それはわかるような、わからないような、わかった気になっているような、わからないふりをしているような感覚だ。「りちりち」を速い沖縄民謡だと表現したが、それこそ東京(アイドル)民謡の姿なのかもしれない。民衆の共同体による民謡。オタクは共同体なのだと聞くことがある。


 彼女たちは今日も行き交う人々の中でさらに偶然居合わせた人々が集まった、狭く、しかし夢を見るには最高に広い東京のハコでライブを行なっている。ではその熱量がいったいどこから生まれているのかといえば運動エネルギーであって、時に太陽だと呼ばれるアイドルがオタクに見せるライブは、当然オタクと熱量を保存しているように感じる。オタクから、今日はフロアの熱が高かった、というような心拍数も高い感想を聞くことがあり、それはステージの熱を下げまい、むしろ上げてやろうという相互作用を起こすためのオタク的"存在”を示している。善し悪しや優劣をつける目的を排除しながら、鑑賞者的"存在"とは異なるアティテュードなのだと思う。... ... ところで私は物理学に全くと言っていいほど明るくない。これまでのトンデモ理論を聞いたらあのリケジョ(さん)は頭を抱えるのかもしれない。そんな鑑賞者の妄想が届くことはない。なぜなら相互の作用が起こったその瞬間に鑑賞者ではなくなるからだ。そしてライブに行ってみようと思う。ラスサビで半音下げの転調を行うことはライブの熱も下げる、なんて別のトンデモ理論がどこかのインターネットで展開されていたとしても、それはそれで面白い。スティービー・ワンダーの「Summer Soft」もかくありき、ひたすら上昇を続ける音楽がアイドルの現場を沸かせている風景だって面白い。


 昨日に続いて今日もジャズ喫茶へ行った。Sidewinderという店が神奈川県の逗子市にある。名前からしていかにもジャズロックファンのオヤジがやっていそうで、その通り、ここでは定番のジャズも、さらにロックやソウルもかかっている。J-PopのCDだってリクエスト用のバインダーに載っている。持ち込みもなんでもOK。なんて面白いお店なんだ。コンビニの二階、なんてこともない建物の階段から最も遠い一角にひっそりと、その空間は音楽を主役にしている。

 

 今日は山下達郎のライブCDがかかっていた。ジャズを聴きに来たのに、ここ数年の再(再々)評価の流れも落ち着いてきた達郎がジャズ喫茶でかかっている。面白すぎる。何より音がデカい。もう少し音量をあげてしまったら耳がキンキンするレベルだ。そして何度聴いたのかなんて覚えていないスパークルのイントロのギターカッティング。笑ってしまうほど良い。


 お客さんから受け取ったCDをプレイヤーにセットするマスター。数十秒の無音が、無音だと思えないほど街の交差点を浮き出してくる。ブラインドの隙間から見える自動車や人々はジオラマのように見えた。鳴り出したゆるいピアノトリオが誰かの生活に溶け込みそうで、苛立ちかけるふりを試してみても、音楽から灰色の暮らしを見出してしまうことがあった。


 私はマイルス・デイヴィスの『E.S.P.』をリクエストした。レコードのB面でお願いしますと言った。トニー・ウィリアムスのドラムソロから始まる一曲目が好きだ。消えていくように力が抜ける残りの二曲も素晴らしい。この曲順が良い。マイルスの第2期黄金クインテット、そのあまりにも知的な演奏は特別の中の、さらにほんの一握りの特別な空気感がある。長く感じる沈黙が心地良かった。


 別のお客さんがキース・ジャレットを持ち込んでいた。アメリカン・カルテットだ。私は普段、ヨーロピアン・カルテットを聴きがちなので、そっちの愛好家とも話をしてみたくなった。


 勝手に音楽が流れていく。ぱらぱらとエッセイ集をめくったり、目を閉じて、このまま寝てしまおうかと考えてみたり、今日は10時間も寝ているのだから … … また何かかけますか?マスターに尋ねられた。私は、じゃあ、と、一呼吸だけ置いて、壁に飾ってあるレコードの中からリー・モーガンの『Candy』を選んだ。


 ”あまいあまいだよ(՞っ ̫ _՞)”これは一体誰がどこで言ったセリフだったのだろう … … 考えることをやめて階段を降りていると夕方のチャイムが鳴っていた。ジオラマのように見えたあの交差点に入っていく。私だってそこにいれば、ただのありふれた帰路だった。あの日のように、なのかどうかもあやふやにしてマクドナルドでハンバーガーを買った。数年前に、さらに数年前そこがバ先だった友人から教えてもらったおすすめのメニュー、エグチのケチャップ抜きだ。マクドナルドへ行く度、私は彼のことを思い出す。会計の列に並んでいると、目の前の人はお持ち帰りを選択していた。私はテイクアウトを伝えるつもりだった。私にとって”お持ち帰り”で思い浮かぶ最初のイメージは、前時代的な方の意味だ。テイクアウトは海外で伝わりません。お持ち帰りはto goと言います。という聞いたことの(読んだことの)あるあれもいつかどこかで役に立つかもしれない。気づいたら私はスマホでブラウザを開き、グーグル検索を使っていた。「to go スラング」… … 予想は外れたが、しょうもなさで笑えてきた。計画通り、私はテイクアウトという言葉を発した。エグチのケチャップ抜きを単品で一つお願いしますと言った。それを、夕暮れを眺めるにはまだ早い、駅前の、誰もいない歩道橋の上で食べた。これが、もし月見バーガーだったらやりすぎだったかもしれない。まだ3月なのに、まだ春でいたいと思った。

 

 

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