甘いピアノの星座 - 鎌倉のジャズ喫茶にて

 朝、ピアノを弾く。Lee Jin Ahの「Candy Pianist」をコピーする。簡単に弾けそうかつ気持ちいい部分を切り抜いた。30秒くらいの動画になった。この動画は今日、たくさん聴いた。みんなの演奏も自分の演奏も好き。音楽が好きだから。

 鎌倉のジャズ喫茶「Jazzの泉」へ。

 店内はほぼ満席。平日の昼下がりから鎌倉ビールやハイボール(メーカーズ)を注文するお客さん。良いな〜。たんかんの生しぼりジュース、とっても美味しかったです!という会話が聞こえる。ちょっと待ってくださいね。あーいや、焦らずゆっくりで良いですよ。すいませんねえ。今日はマスターがいなかった。奥様が一人できびきびと動いていた。それでもお客さんとのお話はゆっくりで良かった。

 コーヒーとお菓子を注文した。3段の器に盛り付けられたチョコレート、ビスケット、ゼリー。アフタヌーンティー(チェーン店の名称)で見る憧れのアレだ。最高だ。恋愛や仕事の話をしなくていい。ここには音楽があり、ここではみな、同じ音楽を聴いているのだ。

 ここではブルーノートのアートワーク集だって、ブルージャイアントの漫画だって、村上春樹のジャズエッセイだって、何でも揃っている。何も持たずにここへ来れば良い。鎌倉駅からの10分。リクエストしたいアルバムくらい考えてみたら楽しい。

 万葉集の解説書を読んだ。印象的だったうたをメモったりした。リュックサックには愛萌ちゃん(さん?)(先生?)(氏?)の新刊『きらきらし』がある。

 店内は、デクスター・ゴードンスコット・ラファロ…私のリクエストが決まった。キャノンボール・アダレイの『Know What I Mean?』にしよう。リバーサイド4部作を避けて、スコット・ラファロビル・エヴァンスを別々に聴いてみよう。このアルバムは素晴らしい。1曲目の「Waltz For Debby」は超有名曲だ。耳タコのジャズファンも多いだろう。しかし侮ってはいけない。キャノンボールエヴァンスがお互いに少しだけ遠慮しているような、そんな可愛らしい雰囲気がこの曲にぴったりなのだ。エヴァンスのたおやかなテーマからキャノンボールのアルトが入った瞬間、店内は柔らかい笑顔を包んでいたと思う。力強い出音。でも今日は繊細に。心地良さそうなキャノンボールエヴァンスも心なしか明るい気持ちになっているようだ。二人の相性は抜群。

 ブルーノートソニー・クラークを聴いた。1作目。 ドラムのルイス・ヘイズがとても若い。リーダーのソニー・クラークはこの頃から渋く粘っこいコンピングを完成させている。これでキャッチーなメロも書けるのだ。クールストラッティンがブルーノート不朽の名作と呼ばれることには納得しかない。アート・ファーマ、カーティス・フラーハンク・モブレーの3管。春を強く感じる。今日の最高気温は21度。ベースがウィルバー・ウェアで良かった。このアルバムのコンセプトはリーダーの誕生日なのだが、そうなるとやっぱり、この演奏がよけいに似合う。

 気づいたら客は私一人だった。まだ閉店まで時間があるので最後に聞きたいものありますか?と、声をかけられた。ビル・エヴァンスの『You Must Believe In Spring』をリクエストした。今日はどうしても春だった。もうこれから来る春を信じる時期ではないけれど、でも、今、こうして見ているささやかな時間を信じてみても良い。春はあっという間だ。それはみんな知っていることだけれど。

 ピアノがお好きなんですか?はい。独学でピアノを弾いてるんです。

 生ぬるい鎌倉の夕方を歩いた。駅の周りをぐるりと大回りで。音に研ぎ澄まされた皮膚が消えそうな寒さを捉えていた。ビル・エヴァンスジム・ホールの『Intermodulation』を再生していた。

 誰かが、繊細な気持ちになっているのかもしれないと思えば、私はそれに耳を傾けてみたい。深くなっていく青空を見上げて、あの星は溶けない砂糖のように輝いていた。

 みんなの甘い感情が好きだった。マスターは歯医者に行っていたらしい。

 

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