日記2/3

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日記2/3 

 偶然そこにあった分数を借りて書き始めたこの日記も今日で2/3、もう佳境である。何かの体で事を進める。それはあまりにも愉快だ。
 3日坊主なら3日間だけやれというアドバイスを受け入れたくなった。しかし3日間だけやる必然性を与えたかった。私はそうでもしないと1日目はまだしも、2日目で日記を書くためだけにその日を過ごすことになってしまうだろうと睨んでいた。
 もう夕陽が半分以上沈みかけている。夕陽2/3。そんな風景を想像して、スマホの画面に黒い文字を打っていく。
 もし本が黒い紙に白い文字だったら、もし本が白い紙に赤い文字だったら、今、あなたが思う自分にとって大切なあの色が、別の意味で大切な色に変わっていたのかもしれない。逃げて行く意味だとしても掴まえに行けば別の意味だ。
 祖母が作ってくれた切り干し大根。それと食パン(超熟)を朝ごはんに食べた。
 買ってきた野菜や肉を余すことなく使う。これとかこれとか、これもこうすれば美味しいのよ。まな板の端に寄せた具材を指さす姿。それは時代が生んだ家庭料理の心だ。素晴らしいと形容する時の痛み。精神的に余裕を持ちたいという欲求はぜいたくと区別したい。どれだけ貧しくても、どれだけ豊かでも、そんな意味を、それは伝統を信じていることに他ならない。
 “明日でも明後日でも良い。夕陽だけでも見に行こうよ。”
 あの言葉だ。
 夕方、海へ来た。
 制服を着た男女に当たる夕陽がいつもより穏やかに輝こうと頑張っているように見えて笑った。海に向かって全力で石を投げる人がいて、その後に3人も続いた。
 今日も私は海に向かって悲しい顔しか見せていなかったのかもしれない。離れていく潮騒に全力の笑顔を作らされた。リードを振り切るように砂浜を駆けて行く犬で切り取られたさっきの風景が、背中の自由を小さく縁どった。
 人々の到着時刻を曖昧にさせる信号機。青空を高速で横切る鳥に気づかなかった。
 「眠いの?」「まばたきが長いってよく言われるんだよね。」
 コーヒーが飲めるという不動産屋を通り過ぎる。看板だけは何度も見ている。通り過ぎてスマホを確認する。引き返してまた通り過ぎてスマホを確認する。
 もういいだろう。勇気を出して入ってみた。
 私は、また来ます。と、目が不自由な店主に向かってそう言った。内側からあの古風なドアを開けることに成功した、と思った。
 次に来た時にはもう直っていると思いますよ。という彼の言葉を思い出す。どのレコードを持っていこうか、楽しみだ。店の棚にはクラシックが多くあるように見えた。ヴァイオリンの入ったジャズが良いだろうか。東京オリンピック当時のオーディオを今日まで大事に修理し続けていることへ敬意を込めたい。
 あのスーパーマーケットで買ってきた激安のチョコベーグルをかじる。カチカチだ。温めてみたらちょうど良くなったので、今日は夜ご飯の時間を少し遅くすることにした。
 少しだけ薄着を選んだから寒かった。少しだけ勇気を出したから、いや、寒かったからそうなったのだろう。
  海には少しの寒さだけがある。夜になってしまっていても良い。
 早々に踵を返した。しょうがねえなぁ。と言って誰にも話さない予定はご破算になった。結局チェーン店で飲んだブラックコーヒーはやけに甘かった。
 話題がなくなった頃、女は灯台の光にスマホのレンズを向けた。
 電車で寝顔を撮る女が注目の的になっていた。
 今日も日記を書いた。

日記2/3 終わり (残り1/3)