フィルムリールを回した午後 / フィルムリールを回して
そんなことでは前に進めない、なんて思ってしまったり、いっそ忘れてしまいたいくらいの記憶は、実は僕らが何度も何度も丁寧に思い出していたからこそ、ひび割れもなく、カビもできていないフィルムに守られている。
今、そしてこれからも、そのリールを回してくれるのは、鎌倉の街と海と、そんな空気をくぐらせた音楽だった。
もうこのフィルムは壊して良いのかもしれないと少し笑いながら、やっぱりやめた。
一人で海を眺めた帰り道。
CDの裏面を思う。
ステージを照らす眩しいライトでも、暗闇だから見えるわずかな光でもない、僕らの背中に感じる潮騒が、明滅する波の寂しさが、今この瞬間だけはそんなものから背を向けたんだと言って、コンクリートをやわらかく踏みしめさせる。
僕はあのフィルムリールを回したのが自分の記憶とairatticの音楽であることを知っていた。
コンクリートの階段で砂浜から街へ戻る時に一人の女の子とすれ違った。
黒色のセットアップと茶色のサンダルが見えて、紙袋の端をつまんで持っていた。(おそらくこの中にはミサキドーナツのドーナツが入っているだろう)
名残惜しく私が振り返るとその女の子は砂浜でサンダルを脱ぐ瞬間だった。
すぐに前を向き直したからそのあとは見ていないけれど、たぶん灼熱の砂浜に足を跳ねさせていたんだと思う。
"懐かしめる海が、鮮やいでた花が、いつかのかけらたちが、まだここにあると思っていたい。"
人もまばらな9月の海を見ていた午後より