さんぽれぽーと

元日に親戚が亡くなった。

新年の雰囲気を楽しむようなことが許されない空気に、葬式は生き残った者のためにあるという力強い言い分を信じることができなかった。

そんな自分への罪悪感があり、どれだけ悲しくて泣いていても、もっと長く生きていてほしかった、より、長い間本当にお疲れ様でした。と心から思っていた。

今は薄情だと思われても良くて、それは自殺まであと2歩くらいの時の私だってたぶんそう言ってくれると思っているからだ。

なんとか葬式を終え、私は散歩に出かけた。

最初の目的地は図書館で、フィッツジェラルドグレート・ギャツビーを借りた。

数日前、私はフィッツジェラルドceroの順番でMy Lost Cityにハマった人と出会っていた。私とは逆順。あの人にはどんな風景が見えているのかとても気になり、感動した。

フィッツジェラルドの話になると、彼はグレート・ギャツビーをおすすめしてくれた。人生で最もおすすめしたい本だと、笑っちゃうくらい強い主張が好きだったし、私も、明日借りてすぐ読みますと強いレシーブを返した。(明日ではなかったけれど)

警報音が鳴り始め、踏切で立ち止まり、遮断機が降りて電車の通過を待っている。

逆再生の警報音で人々が立ち止まる風景を想像して、誰かが流行歌に取り入れたのかな?と思った。

いつも通りの真っ暗な海を期待して海まで行った。(いつも通りでも振り返れば色々な光がある)

砂浜へと続く道には4人組がいて、大きなリュックサックを背負った人、コンビニのレジ袋を持っている人、手を繋いでいる2人という内訳だった。

その時、リスナーの私のイヤホンからはフォーレのピアノ作品集が聞こえていた。すると選曲家の私が、ちょうど良さそうな音楽をかけてやろうと、ブースの下のリュックサックから7インチのレコードを取り出してケースに忍ばせた。

もちろん1月の夜の海は寒くて、いつも通り砂浜にも誰もいないだろうなと思っていたけれど、結局そこには私以外に7人も先客がいて、(海に客って言葉を使うなんてどうも嫌な感じだ)、海岸中央にいた2人組は肩を組み合い、この人たちはこの寒さを期待してここに来たのだろうか?と、そうじゃないにしても、ここに来てよかったと思わないにしても、また思い出したようにここへやってくることがあればいいなと思った。

私が認めた7人のうち、最後の1人は遠くで焚き火をやっていた。

サブスクで音楽を聴いていると、その状況には通常のしりとりを大人がやっているような終わらなさがあり、ただただ飽きを待つことになってしまう。もうそろそろやめよっかと言ってくれる人の大切さを感じながら1人で砂浜を歩いた。

しりとりで言えばンジャメナみたく、んで始まる音楽はそれよりずっと多いというか、終わらねえよ...という感情で完成した音楽が、人生の""という終わりの状況から続きを見せてくれることがある。

4人の女の子の会話が聞こえてきた時、さっきの選曲家はtipToe.のないしょとーくをプレイしていたし、さっきの私はイヤホンを着けて歩いていたので当然その会話は全て妄想だった。

今日の散歩で最もフォーレに見せたいと思った風景はここだ。

3年くらい前の曲なのにもう、懐かしいな、と思いながら、それから1時間くらい街を歩いて、家に着くまでおもいでしりとりという曲名が耳から離れなかった。